You are here: Home >Archive for 4月, 2015

おいしい器

boul家族に「食器を増やすな」といつも言われます。
食べる方はドンブリひとつでいいと思っているのでしょうが…。
料理をする方にとっては器は大事です。
カラフルな花々が愛らしくて一目で気に入ったガラスのサラダボール。
無地の物を持っているので、迷った末に買いました。
ちょっと小ぶりですが、二人分のサラダにはちょうど良い大きさでした。
なにより食卓がはなやぎ、サラダを食べるのが楽しくなりました。
マディ(madu)の商品です。

Read Comments
  • Digg
  • Del.icio.us
  • StumbleUpon
  • Reddit
  • Twitter
  • RSS

花ざかりの庭

flower教会の中庭は、普段は駐車やバザーなどに使っていますが、隣との境の塀の前に色々な植物が植えられていて、今花ざかりです。
きちんと整備はされていないのですが、信者さん方が少しずつ持ってきて植えたものなのでしょう。
そしてどなたかしらが水を撒いてくださっています。
最近、NHKの「植物男子ベランダー」というドラマにはまっています。
ベランダ園芸も楽しそうですが、やはり小さいながらでも土の庭があるのはうらやましいものです。
実家では、忙しさにかまけて誰も手入れはしていませんでしたが、季節が来るとそこかしこに植物が芽生えました。
紫大根、カキドウシ、オドリコソウ、イヌフグリ、ムラサキツユクサ、スミレ、桜草、雑草でも可愛らしくて、母はそうした自然が好きでした。
色々な花の楽しみ方があります。
気持ちの良い季節。私も小さなベランダで喜びを増やしたいものです。

Read Comments
  • Digg
  • Del.icio.us
  • StumbleUpon
  • Reddit
  • Twitter
  • RSS

蕎麦猪口でヨーグルト

chokoJPG4月になっても冬に逆戻りしたかのような寒い日がありました。
それでも少しずつ気温が上がっているのが分かります。
それがよく分かるのが、ブームから作り続けている「カスピ海ヨーグルト」です。
冬の間はなかなか固まらなかったのが、今は短時間で固まるようになりました。
ヨーグルト菌はまさに生き物です。
以前は大きな容器や牛乳パックで作っていましたが、一度に食べきれず、容器の周りについたりするのが嫌で、今はいくつかの小さなカップに種菌を入れて食べきりサイズで作っています。

雑貨屋さんで見つけた一つ350円のほど蕎麦猪口もカップのひとつ。
色々な模様があり、迷った挙句に3つほど買いました。
縁が欠けてしまった物もあって…。
思いがけず重宝しているので、是非また補充しに行きたいと思っています。

Read Comments
  • Digg
  • Del.icio.us
  • StumbleUpon
  • Reddit
  • Twitter
  • RSS

犬と暮らすという事

OLYMPUS DIGITAL CAMERAユーモアと温かな人柄を感じさせるchiblits さんの「カルフォルニアばあさんブログ」を、毎朝楽しみに見ています。
chiblits さんは、もうすぐ19歳になるトイプードルを飼っていて、衰えて行く老犬の話題を読む時には、こちらもナーバスになります。
chiblits さんのチビが、今日も元気でありますようにとサイトを開きます。

私も以前ロングコートのチワワを飼っていました。
18歳まで生きましたが、その犬の事はいまでも思い出すのを封印しています。

犬の健気さ、忠誠さを思う時、胸が苦しくなります。
それに十分に自分は応えきれただろうか…と思います。

今春、ご主人の転勤で海外に行く友人は、愛犬を連れて行くそうです。
長く遠い道のり、無事でありますように。
一緒に新しい土地で楽しい日々を送れますように。

Read Comments
  • Digg
  • Del.icio.us
  • StumbleUpon
  • Reddit
  • Twitter
  • RSS

自分の感受性くらい

Tulip少し前の新聞の人生相談です。
「イスラム国によって2番目に殺された方の殺害の映像を人から無理に見せられ、それ以来、映像が頭から離れず食欲もない」という内容でした。
回答者は「不可抗力で起こったことは仕方がない。苦痛を取り除くことはできないが、別の感情に変えることはできます。2番目に殺された方ではなく、後藤健二さんです。後藤さんの人生、仕事。そして彼の家族に思いを馳せる時、あなたの耐え難い苦痛は、彼らを悼む気持ちと平和への祈りに変わると思います。」ということを書いていました。
深く心に残る回答でした。
私も、悲惨なニュースに目を背けたくなり、チャンネルを変えてしまう時があります。
苦しみ悩む人の話しを聞く余裕が無く、避けてしまう時があります。
自分の感受性だけを優先して、ニュースから何を考えなくてはいけないのか、本当に辛いのは誰かを忘れてしまっている。

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」
茨木のり子さんの詩の一節を思い出しました。

Read Comments
  • Digg
  • Del.icio.us
  • StumbleUpon
  • Reddit
  • Twitter
  • RSS