You are here: Home >Archive for 4月, 2013

hotaru2107人もの方が亡くなった福知山脱線事故から8年が経ちました。
大学の通学経路だったこともあり、犠牲者の中に若い方も多く、痛ましい事故でした。
傷を負った方々が562人。今も闘病を続けている方、後遺症に苦しむ方々が多くおられます。

事故現場を映したニュースで、故人の名前を絶叫していた女性の声を忘れることはできません。
何年か後の報道で、後を追って逝かれた女性の方の記事がありました。
叫ばれたお名前から、多分あの女性ではないかと思い、無念さに胸がつまりました。

当時、私自身も関西に住んでいるというだけで、沢山の友人から安否を気遣う電話やメールをいただきました。
その頃、救助隊員の方の話で「真っ暗な電車の中で無数の携帯電話の着信ランプが蛍のように光っていた」という記事があり、記憶の中に悲しみと共に深く残りました。

何がいつ起きるか分らない今日。自分が家族が友人が元気でいるというのは、まさに奇跡の1日かもしれないと思います。

Read Comments
  • Digg
  • Del.icio.us
  • StumbleUpon
  • Reddit
  • Twitter
  • RSS

マッサージクッション

rurud肩から肩甲骨、首、腰のこりがひどく、時々はマッサージを受けますが、なかなか頻繁には出来ません。
色々なマッサージ機を購入しましたが、満足できるものはありませんでした。
特に大きいものは出したりするだけでも面倒で、ついつい使わずになります。
そんな時、ホームセンターで見かけたマッサージクッションが良さそうなので購入してみました。
アテックスのルルドというシリーズです。
マッサージチェアーのような揉み玉の動きが、コリを揉みほぐします。
大きなマッサージチェアーを置く場所のない我が家にピッタリで、座っても、寝ても使えるのも便利です。
これをしていると、つい気持ちよくなり、うとうとしてしまいます。

Read Comments
  • Digg
  • Del.icio.us
  • StumbleUpon
  • Reddit
  • Twitter
  • RSS

ブライスお立ち台

buraisuブライスという人形をご存知ですか?1972年にアメリカで幼児向け人形として発売されましたが、人気がなく1年で発売中止になりました。
その後、この人形の魅力は大人たちよって発掘され、日本のタカラがライセンスの許可を受け製造、販売しています。
今や大人が楽しめるファッションドールとして、服を作る人、顔や髪をカスタマイズする人と、着せ替え人形の粋を超えて、多くの人の創造力をかきたてています。
私の場合は、季節ごとに洋服を着せ替えて飾っているだけですが、この人形は三頭身で頭が大きいので立たせるも容易ではありません。
そこで友人が作ってくれた「ブライスのお立ち台」です。
ブライスの後ろに円柱があり、そこから出るワイヤーを人形の脇下に差込んで支えています。
商品化したいほど良く出来ています。

Read Comments
  • Digg
  • Del.icio.us
  • StumbleUpon
  • Reddit
  • Twitter
  • RSS

熊谷守一

kumagaya97年の生涯のうち、晩年の30年間は全く外出せず、わずか15坪の庭の自宅で小さな虫や花、猫、鳥を描き続けた熊谷守一。
鮮やかな色彩と明瞭な輪郭線。ユーモラスで楽しく、優しく、そして力強さに心を奪われます。
その油彩画は小さく、多くは約 24×33cm の四号の板に描かれているそうです。
その小さな世界に、自分のごく近くの小さな物の「いのちの輝き」があふれ出し、無限に広がる大きな世界を築き上げています。
仙人と呼ばれた風貌は温和で慈愛に満ちているように思えました。
将来を嘱望された青年画家が、こうした画風を貫いたのには、子どもの死、孤高を愛する気質と色々な理由があることでしょう。
どんな場所にいても気持ちは自由、心に翼を着けることで世界はいくようにも広がると教えてくれるようです。

Read Comments
  • Digg
  • Del.icio.us
  • StumbleUpon
  • Reddit
  • Twitter
  • RSS

中原淳一の世界

nakahara中原淳一は戦後、雑誌『それいゆ』『ひまわり』『ジュニアそれいゆ』を創刊し、ファッションデザイナー、人形作家、インテリアデザイナーとしても才能を発揮した人です。
女性の暮らし生き方に夢を与えたばかりではなく、その後の日本ファッション界に大きな影響を与え、今なお色あせないといわれています。
そして今年は中原淳一の生誕100年だそうで、展覧会やイベントが開かれています。
女学生の頃の母も『それいゆ』『ひまわり』あこがれたひとりですが、当時は買うことが出来ませんでした。それで、1975年1977年に画集が出た時は迷わずに買っていました。
私の少女の頃には淳一の系統をひく内藤ルネのグッズが沢山あり、いくつも持っていましたが、私はこの画集で改めて中原淳一を知り、淳一の世界に魅了されました。
その後リアルタイムで晩年の淳一を知ることが出来たのは「私の部屋」という雑誌に掲載されたエッセーでしたが、辛辣な文章があまりよい感じのするものでなくがっかりした覚えがあります。しかし最近になって彼のドキュメンタリーで、長く辛い闘病生活をおくっていた事を知り、何となく納得が行きました。
中原淳一のスタイル画は、今もこんな服が着たいと思うほど新鮮です。現在これを元に復刻された服やグッツがネットでも販売されているようです。
往年のファンだけでなく、現代の女性をも引き付けて止まない中原淳一の世界です。

Read Comments
  • Digg
  • Del.icio.us
  • StumbleUpon
  • Reddit
  • Twitter
  • RSS

今年の桜

sakura今年は桜の開花が早く、3月末に関東に行った時にはほぼ満開でした。
そして関西に帰って来て数日後に開花が始まり、気温の低い日もあったので合わせて3週間ほど桜の季節を楽しめました。

関東にある母のマンションの前は小さな公園で、手を延ばせばとどきそうな桜の枝、窓一杯の桜の花です。
この老人向けケア付きマンションに入ったのは5年前の1月で、母はその年の桜が見られないかも知れないというほど身体の状態が良くありませんでした。それが5回目の桜を見ることが出来ました。

6年前2月に亡くなった友の病室には早咲きの桜が飾ってありました。
彼女も周りの方々も今年の桜を見ることを信じ、心から願っているのが切々と伝わり、思い出すと悲しみがよみがえります。

日本人にとって桜は新しい年度が始まる節目に咲く花。
その艶やかさ、華やかさから、これから始まる1年を期待させる希望の花です。
誰もが今年の桜を満喫し「来年もまたこうして桜が見れますように」と心の中で願うのではないでしょうか。

Read Comments
  • Digg
  • Del.icio.us
  • StumbleUpon
  • Reddit
  • Twitter
  • RSS