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お盆と被昇天祭

maria0813日から15日はお盆です。
結婚以来、お盆には必ず帰省していましたが、今年は帰る実家も迎えてくれる家族もありません。
それでも母の-新盆ですから、迎え火のつもりでロウソクを灯しました。
花をもとめたお花屋さんもいつになく混んでおり、どこの家も仏様を迎える準備をしていることが分かります。
私はカトリックですが、こうした日本の風習はとてもいいものだと思います。
以前観た「メゾン・ド・ヒミコ」という映画。ゲイの人達が住むメゾンが舞台でしたが、お盆の時にたくさんの灯を灯し、おはぎやご馳走を作って供えるシーンがあり、とても心に残りました。

8月15日はカトリックでは「聖母の被昇天祭」です。天に上げられた聖母を祝うと共に、永眠した方々が聖母にならい天に迎えられることを願います。
宗派は違っても通じるものがあるように思います。
そして15日は終戦記念日。
誰もが生と死を静かに考える時だと思います。

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スノードロップ

snowdropJPG昨年の秋に植えた球根が芽を出しました。
チューリップ、ヒヤシンス、スノードロップと植えたのですが、1番先に開花したのはスノードロップです。
白色の花が下向きに咲き、まさに雪のしずくのよう。可愛らしい名前にふさわしい可憐な花です。
キリスト教では2月2日の聖燭節の花とされていると記されていましたが、カトリックでは「主の奉献」の祝日のこと。
イエスが生まれて40日後に、律法に従い、両親に連れられてはじめてエルサレムに行き、神殿で神にささげられたことを記念した祝日です。
この日から、イエスが御父のみ旨を果たすための奉献が始まりました。
厳しい寒さの中で凛として咲くスノードロップはふさわしい花のように思います。

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Todonoinoriによせて

cosmos一時期、聖書の勉強を指導してくださったシスターが帰天されました。
ふるさと長崎に戻られてから、見違えるようにお元気で活躍されていました。
ご家族と絶縁してまで選んだ修道者の道。
ネットを使った宣教。
最後まで自分の病を気づかせなかった姿。
見かけは華奢なシスターでしたが、自分の信念を貫く強さは、雨や風にあっても立ち上がるコスモスの花のようです。

HPを使って「自分を表す」ことは、自分からの解放にもつながっていると言っていらしたシスター。
そのHPで毎日書かれているブログを読み、掲示板でおしゃべりすることで、訪問者は元気と安らぎをいただきました。
そこから導かれた求道者も多くいることでしょう。

早すぎるお別れでしたが、今頃は、
HPの名前の由来である大好きなシスター、
可愛がっていただいた神父様、
後に洗礼にまで導いた最愛のご両親、
そして何より、生涯のすべてをかけて愛した天の父と、
出会っていることでしょう。
シスターの、ハッと驚いて、そして次の瞬間喜びでいっぱいのお顔が見えるようです。

シスターともう一度お会いする為には、私は地上でもっともっと精進しなくてはなりません。
どうか、お守りください。

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十字架のネックレス

father縁あって、2007年7月1日に48歳の若さで急逝した、ベルナルド石川裕之神父様のゆかりのネックレスをいただきました。
神父様はブラジルへ派遣され、休暇で日本へ戻って、もう一度ブラジルへ帰る途中で肺炎で亡くなったと聞きました。
小さな十字架が連なるこのネックレスは神父さまのお父様が作ったものです。
神の御心に従い、生涯を全うされた神父様。その早すぎる死を、どのようににお父上がうけとめられたか、自ずから分かるような気がいたします。
聖職者。それは考えも及ばぬほど厳しく、険しく、孤独な道であると思います。
同時に、神から選ばれ、降り注ぐ愛をいただいた方。

今、私の知り合いのシスターも病床にあります。
シスターもまた、あふれんばかりの神の愛を受け、それを私達に分け与えてくださいました。
どんな時にも、神はシスターと共にいらっしゃると強く思います。

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マリアと私

ymaria23年来の友人を突然なくし、しばらくブログを書く気にもなれませんでした。
国際結婚してフィリピンから嫁いできたマリアとは、教会を通じて生活面での手助けをするうちに親しくなりました。
マリアの優しさ、ユーモアーが好きでした。激しい面もありましたが、いつも私を信頼してくれる妹のような存在でした。
彼女を失った今、助けられていたのは私自身だったと強く感じます。

マリアの娘がまだ幼かった時、よく行く駄菓子屋さんがありました。
店番のおばあさんが高齢で、それをいいことに小学生がおもしろがって万引きをする。
それに腹を立てた彼女は、店の前のベンチで睨みを効かせていた…。
そんなエピソードが心に残っています。

昨年のクリスマスカード。
マリアのくれる手紙にはいつも「私の家族のために祈ってください」とありました。
家族をこよなく愛し、異国で精一杯生きたマリア。
今は真っ直ぐ神の国に行っていると確信します。

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映画「ルルドの泉で」

rurudo先日「ルルドの泉で」という2009年のオーストリア、フランス、ドイツ合作映画をネットで観ました。
ルルドの泉は、1922年フランスのルルドの村で少女ベルナデッタに聖母マリアが出現し、洞窟の傍の水溜りから水が湧き出し、この水を飲んだ人々の中で病が治る人が現れ、全世界に知られるようになったキリスト教の聖地です。
巡礼者であふれるルルドの村が、観光地のように映し出される映像はとても興味深いものでした。

映画はこの地を訪れた全身麻痺の少女に奇跡が起こり、それによって巻き起こる同じ巡礼団の人々、介護の人々の驚き、戸惑い、不満、嫉妬の感情が描かれています。
そして奇跡が本当に起きたか分からないままラストを迎えます。
一見人間の本性を暴いたようにも見えますが、私には「普通の生活がしたい」という少女に対して、「普通とは何ですか?何故他の人が幸せだと分かりますか?」と説教する神父の方が胡散臭く思えました。

個々の事情や思いで巡礼をするのでしょうが、キリスト者は痛みや苦しみに向かう力を与えられることを信じて、「み旨でしたら癒される事」を願って訪れるのだと思います。
キリスト教の数々の「奇跡」の話しは、私にはさほど重要なものではありませんが、「ルルドの水」に対する気持ちは同じです。

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